「……ん……っ、あっ……ふぅ……」
低く、濡れた吐息が部屋の奥に滲んでいく。
照明は落とされ、ほとんど何も見えない。
ただ、肌の擦れる音と、微かに軋む木の軋み――
「くっ……んんっ……ぁ……だめ……っ」
誰かの声。
けれど、震えるようなその響きは、快楽に溺れる直前のものに似ていた。
「……っ、はぁ……ぅ、ふ、ぁ……!」
ピチュッ……ジュ……クッ……
なにか柔らかなものが濡れ、絡む音。
それに混じって、かすかな唇の吸う音と、指先が何かを探るような湿った音。
「はっ……ん、ふ……んっ、んんっ……!」
呼吸が早まる。
押し殺したような声が、熱を帯びて漏れる。
パチュ……クチュ……くち、ゅ……
音がだんだん激しく、そして深くなる。
まるで誰かが何かを深く押し入れているような――けれど、何をしているのかはわからない。
「……んっ、っ、だ……め……あ、あぁ……!」
空気が揺れ、床がわずかに震える。
擬音と声、吐息だけが、真夜中の闇に重なる。
「……イッ……くっ、は、あ……っ……!」
やがて、一瞬の静寂。
そのあと、長い深呼吸がひとつ――
「……ふぅ……」
そしてまた、
かすかに――
ピチュ、ッ……クチュ……
──音は、続いていた。
「っ、あ、あぁ……っ、んんっ……!」
ビチャッ、グチュッ……パチュッ、ジュゥ……
水音が激しく跳ねる。
濡れた何かが擦れ、押し付けられ、離れるたびに音がはじける。
それに重なる、喉の奥からせり上がるような吐息。
「ふ、ぅぁっ、んっ……もっ……と……!」
ズッ、ズッ……ッ、グチュッ……パシュッ
空気ごと震わせるような衝撃音。
身体が揺れている、いや、もっと奥が……?
でも、それが誰のどこなのかは、わからない。
「や……だ、やだ……そんな、強くっ……あ、んっ!!」
吐息が、声が、かき消されるほどのリズム。
濡れた音が床にまで滴って、響く。
ジュブ……クチュッ、ジュクッ、パァンッ……
「っ、あ、ん……くぅっ……っ、んあぁ……!!」
息が絡む、声が潤む、
喉の奥で溺れそうなほどの熱が漏れ出していく。
ビチャッ、ビチャッ……パチュ、パチュ……
クチュ……ク、チュ……ズチュゥ……
「も、無理……だめっ、もうっ、あっ、はぁっ、あああっ……!」
そして、一瞬、音が止まる。
「――――っ……!」
深く息を吸い、爆発するような吐息が夜にぶつかる。
長い沈黙が、その余韻を満たす。
「……っ、は……あ、ぁ……」
でもその次の瞬間には、また――
ジュプッ、ズブッ、ビチャッ、ビチャッ……
──音は、再び始まっていた。
「……はぁ……ふっ、ん……」
微かに震える吐息だけが、まだ残っていた。
湿った空気の中、しばらく誰も動かなかった。
──ジュ…ッ、クチュ…
最後の小さな音だけが、まるで名残惜しそうに響いたあと。
「……ふぅ……ああ……」
その声は、もう疲れ切ったというより、満たされた音色だった。
まるで何かから解き放たれたような、深い、深い呼吸。
空間は、再び静けさを取り戻していく。
床に垂れた雫の冷たさ、指先に残る名残、頬を撫でる温かな風――
それらが、ほんの少しの現実感を戻してくれる。
そして、鏡越しに映った姿が微かに揺れた。
「……こんなに、何もないのに……」
自分の声が、やけに穏やかに響く。
まるで夢だったように。まるで幻のように。
でも、確かに身体の奥に刻まれていた。
静寂。
その中に残るのは、声、息、そして“記憶”だけ。
やがて照明が灯り、部屋に静かな光が満ちる。
何も語らず、ただ一人、深呼吸をひとつ。
その音だけが、今もまだ、身体のどこかで反響していた。