3年。
夫に抱かれなくなってから、もうそんなに経っていた。
最初は、「疲れてるから」とか、「その気じゃない」って言い訳に、私も合わせていた。
でも、1年目を過ぎたころから、少しずつ、鏡の中の自分が“女”じゃなくなっていく気がした。
下着を選ぶ意味も、肌を磨く気力も、全部消えていく。
──そんな自分を、誰より自分が軽蔑していた。
名前で呼ばれることも、もう無い。
私の名前は、“ただの生活音”に埋もれていった。
「初めまして。写真より、優しそうですね」
マッチングアプリ。
気まぐれだった。
“寂しい”と検索して、出てきた言葉に誘われるように、
私はその人に会いに行った。
年下。27歳。
目が優しくて、笑い方が少しだけ不器用だった。
夕飯だけのつもりが、
帰り際、ふと見せた彼の孤独に……
私の中の何かが、音を立てて崩れた。
「ホテルなんて、何年ぶりだろう……」
白いベッド。
照明が少しだけ暗くて、
何も話さずに服を脱いだ。
けれど、彼はすぐに抱こうとしなかった。
私の髪を撫でて、背中に手を添えて、
ただ、静かに、私の目を見て言った。
「……◯◯さん、可愛いです」
──名前。
私の、名前。
それだけで、涙が出た。
誰にも、呼ばれてなかった。
誰からも、女として“見られて”なかった。
なのに、この人は……ちゃんと私の目を見て、名前を呼んだ。
その声が、
全身に染み込んで、
胸がきゅうっと締めつけられて、
私の体が、小さく震えた。
「……ねえ、お願い……」
自分から口に出した。
“抱いて”なんて言葉じゃない。
でも彼は、察してくれた。
ゆっくりと唇が重なって、
何度も、肌にキスを落としてくれた。
急がないのが、逆に苦しかった。
奥まで届きそうな、愛撫の優しさが──
壊れかけた私を、包み込んでいった。
「◯◯さん……、大丈夫?」
挿れられた瞬間、
涙が止まらなかった。
感じるよりも先に、
心が反応してしまった。
だって、
この温もりは、3年ぶりだった。
名前を呼ばれて、優しく触れられて、
それだけで──私は“自分”を思い出した。
「……あ……っ、ん、あっ……」
彼の奥で、何度も突かれるたびに、
私の身体は、忘れていた快感を取り戻していった。
恥ずかしい声が、止められない。
涙混じりの息遣いが、部屋に響いて、
腰が勝手に揺れて、
奥がきゅんきゅんと締まり出す。
「◯◯さん……、可愛い……イっていいよ……」
その声と一緒に──
私は、崩れた。
「んあっ……、あっ、いっ……ちゃ……っ!!」
指先が痺れて、
足が跳ねて、
腰が抜けて、
私は、ただ、名前を呼ばれただけで──
こんなにも、
女に戻ってしまった。
帰り道、スマホを見た。
夫からのメッセージは、ひとつもなかった。
でも、
私は、自分のことを、
もう“空っぽな存在”だなんて思わない。
たとえ、一夜だけでも。
名前を呼ばれて、抱かれて、愛された夜があるなら──
私は、ちゃんと、生きてるって言える気がした。