深夜コインランドリーで再会した元恋人と

ドラムが回る音が、眠気と湿気を混ぜて、店の中をゆっくり満たしていた。

午前一時。家の洗濯機が壊れて、仕方なく近所のコインランドリーに来た。乾燥機の前のベンチに座って、スマホを眺めて、顔を上げたとき。

ガラス越しに、見覚えのある横顔が見えた。

「……ミオ?」

声が出た瞬間、彼女もこちらを見た。マスクを外して、目尻を柔らかくさせる、懐かしい笑い方。

「ひさしぶり」

別れて二年。お互い二十代後半になって、住む街も変わって、連絡もしなくなっていた。ここで会うなんて思っていなかったのに、彼女はまるで昨日の続きみたいに、隣へ腰を下ろした。

「洗濯機、壊れた?」
「うん。ミオは?」
「布団カバー。うち、乾燥が弱くてさ」

ドラムの中で白いシーツが回っている。水分が減るたび、布の匂いが空気にふわりと広がる。温風の乾いた音、タイマーの数字が減っていく電子音、真夜中の道路の遠い走行音。言葉より先に、記憶が戻ってくる。

彼女はペットボトルの水を飲んで、キャップを閉めた。指が、まるい口を叩く音。何も変わっていない仕草に、喉が熱くなる。

「ねえ」
「うん」
「前みたいに、ちょっとだけ、手……」

彼女が言い終わるより早く、俺は指先を差し出していた。彼女の手は冷たくて、数秒で温かさが移った。繋いだだけで、腹の奥に落ちていく感じがした。乾燥機の温風に紛れて、鼻先に彼女の香りが混ざる。石鹸、柔軟剤、少しの汗。

「大丈夫?」
「大丈夫」

二人とも、大人だ。仕事もある。明日も起きなきゃいけない。でも、こういう夜は、理由がいらなかった。

空いていた奥の乾燥機に彼女のシーツを移し、扉を閉めた。音が一段と大きくなって、会話は少し近づかないと聞こえない。彼女の唇が近くなる。

「キス、してもいい?」
「……うん」

唇が触れた。薄く湿っていて、すぐ温度が上がっていく。舌を求め合うまでに間がなかった。彼女の息の甘さ、上唇の柔らかさ、喉の奥で鳴る小さな音。キスだけで息が乱れる。背中に手を回したら、彼女も同じ強さで掴み返してきた。

「……誰も来ないね」
「来ても、たぶん気づかない」

冗談に笑ったのに、笑いは途中でほどけた。乾燥機の横の壁に身体を寄せ合う。ベンチに浅く座って、彼女を膝に乗せる形にすると、スカートの裾が太ももにかかって、肌の温度が直に伝わってきた。

「触ってほしい」
「どこを?」
「わたしが、いちばん欲しがってるところ」

手を伸ばす。太ももの内側は、乾燥機の熱よりもずっと熱かった。タイツは履いていなかった。指先がレースに触れ、彼女が息を止める。縁をめくると、湿った空気が指に噛みつくようにまとわりついた。

「濡れてる」
「見ないで、言わないで、でも……触れて」

言葉に従う。指を少しだけ滑らせると、彼女の腰がわずかに前に出る。クリトリスを避けるように外側を円を描いていき、入り口に沿わせたとき、布越しでもわかるほどのぬるさが乗った。

「中は?」
「ちょっとだけ……欲しい」

パンツをずらす。指先で入口をなぞると、ぬるん、と吸い込むように受け入れられる。第一関節、第二関節。彼女の肩が震える。乾燥機の回転が一定のリズムで鳴っていて、彼女の奥を撫でる指の動きが自然とそのテンポに合っていく。

「声、出ちゃう」
「大丈夫。音で消える」

彼女は、俺の肩に額を預けた。喉の奥で震える息が皮膚にかかる。俺の指が奥を押すたび、膣が締まる。指を抜けば、吸い戻すように追いかけてくる。

「……キスして」

唇を重ねる。舌が触れ合った瞬間、指先にきゅっとした締め付けが走って、彼女の息が跳ねた。俺の指と彼女の舌、二つの動きが重なって、身体の中のリズムが合っていく。

「コンドーム、持ってる?」
「ある」

財布の小さなポケット。ずっと持ち歩いていた一枚。彼女の膝から降ろし、ベンチに座らせたまま、俺はズボンのファスナーを下ろした。

「ここで?」
「ここで。今がいい」

頷いた。ゴムを開ける音が乾燥機の轟音に溶ける。彼女は自分でスカートをたくし上げ、パンツを片足だけ脱いだ。足をベンチに立てると、ひらいた角度で奥が見えた。彼女は目を閉じて、ひとつ息を吐いた。

「ゆっくり。最初だけ、ゆっくり」
「わかってる」

先端を入り口に添える。触れた瞬間、彼女の膣が合図みたいにきゅっと締まった。少し押すと、ぬるい熱がゆっくり絡みついてくる。数センチ進んでは止まり、彼女の手の合図でまた押し入る。

「……来てる……あなたの、形」
「痛い?」
「ううん、気持ちいい。奥、覚えてる」

最後の段差を越えたとき、彼女の背中が反る。ぴたり、と全体が包み込む。奥で当たる場所が、二年前と同じ角度で彼女を震わせる。

「動いて」

最初は浅く。それから、少しだけ深く。乾燥機の回転と同じテンポで腰を前に送る。入るたびに、膣が形を思い出すみたいに締まり方を変える。抜くと、吸い寄せる力が強くなる。彼女の爪が俺の背中に沈んで、スカートの裾が膝で滑る。

「ねえ、」
「うん」
「中で、イきそう」
「いい、イって」

彼女が小さく首を振った。

「一緒に。前みたいに」

テンポを落とし、当てる場所を固定する。彼女のクリトリスに親指を持っていき、濡れの上からそっと撫でる。膣の奥と、外。二点のリズムがぴたりと重なった瞬間、彼女の身体が沈んだ。

「い、く、……あ、あっ……!」

膣が暴れるみたいに締まって、俺のを逃がさない。奥で細かく震えるたびに、視界が白くなる。呼吸が切れて、乾燥機の音が遠くなる。耳の奥に血の音だけが響いて、彼女の声がその上に重なる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ここにいる」

彼女が俺の頬に触れて、目を合わせてくる。涙が少し滲んで、笑っている。

「出して、いい?」
「だめ。出さないで。外にして」

我に返る。頷いて、数回だけ浅く動かしてから、彼女の腰を掴んで抜いた。コンドームの先が暖かくなって、呼吸が戻る。彼女は俺の胸に額を押しつけたまま、肩で何度も息をした。

しばらく、何も話さなかった。店の中では、相変わらずドラムが回っている。タイマーの数字がゼロに近づいて、終わりのメロディが鳴った。

「シーツ、取りにいかなきゃ」
「うん」

彼女はパンツを整え、スカートを直して、鏡の前で髪を手ぐしで整えた。頬に残った赤みが、まだ夜の続きだと教えてくれる。

「会えてよかった」
「俺も」

畳んだシーツを抱え、店の外に出る。夜風は乾いていて、少し肌寒い。歩道に並ぶ自販機の灯りが、歩幅に合わせてずれていく。角を曲がる手前で、彼女が立ち止まった。

「ねえ」
「うん」
「連絡、してもいい?」
「うん」

スマホを出して、二人でQRを読み合う。画面に彼女の名前が戻ってきた。通知音が軽く鳴る。その音が、やけに大きく感じた。

別れても、帰る場所は別々だ。彼女は反対方向に歩き出した。十歩ほど進んだところで、振り返って小さく手を振る。俺も手を上げた。

コインランドリーのガラスに自分の姿が映る。襟元の乱れは直したつもりなのに、心拍数はまだ高かった。ドラムの中に残った彼女の香りが、服に移っている気がする。

家に着いたら、シャワーを浴びるだろう。シーツの上で携帯を眺め、さっき交換したLINEを開く。何を書こう。おかえり、でもいいし、今日はありがとう、でもいい。指が迷って、文面を消して、結局。

『また、会いたい』

送信ボタンを押す。数秒で既読がつく。

『うん。次は、夜じゃなくてもいいけど、夜がいい』

笑ってしまった。返事を打つ前に、香りの残ったシャツに顔を押しつける。あの店の熱と音、彼女の汗の薄い塩味、唇に残ったやわらかさ。

ドラムが回る音は、もう聞こえない。代わりに、胸の中で、ゆっくり同じリズムが続いている。

また会える。大人になっても、こうして理由のいらない夜がある。次はもっと丁寧に、もっと明るい場所で。けれど、あの乾燥機の唸りが、二人の間に合図をくれたのは確かだった。

ベッドに倒れ込む前に、もう一度だけスマホが震えた。

『洗濯、また壊れてくれてありがとうって、少し思った』

「それは困る」って返しながら、思う。壊れてよかった夜もある。直さなくてもいい傷跡が、確かにある。

しばらくして、眠気が来た。目を閉じると、店の蛍光灯の白さがまぶたの裏に残った。彼女の体温、奥で締め付ける感覚、濡れが深くなっていった瞬間の呼吸の詰まり方、全部が同じ場所に沈んでいく。

明日の朝、目が覚めても消えない程度の、やわらかい痕として。