私は、普通の大学三年生──の、はずだった。
今日、学務課から届いた通知を開けるまでは。
『本年度より、卒業条件に「妊娠実績の提出」が追加されました。詳細は学生ポータルをご確認ください。』
一瞬、悪質なデマかと思った。
でも──違った。
SNSでもニュースでも、国のサイトでも「新しい少子化対策」として報じられていた。
「妊娠すれば、卒業できる」
「妊娠しなければ、進学も、就職も、社会に出られない」
理不尽すぎて、思わず笑った。
けど、笑えなかった。
だって私は、もうすぐ22歳。来年、社会に出る予定の年齢。
私にとっては、「明日の話」だった。
夜になっても、LINEは鳴り止まなかった。
『え、マジで?』
『てか妊娠相手とかどうすんの?』
『オレ、選ばれたいんだけどw』
軽いノリに見えて、みんなどこか焦っていた。
私はというと──うまく呼吸ができなくて、カーテンを閉めたまま布団にくるまってた。
義務としてのセックス。
義務としての妊娠。
それって、“女性の自由”の逆じゃない?
でも、自由って何だったんだろう。
選ばなきゃいけないのは、妊娠か、社会からの排除か。
どっちも、私じゃない。
でも、どっちかにならなきゃ、私はもう「いないこと」になる。
その夜、初めて──自分の子宮を意識した。
それは、急に存在を主張してきた。
私の意思とは関係なく、“未来”の器として、そこにあった。
誰がここに入ってくるの?
誰の命が、ここに宿るの?
わからない。怖い。
でも、逃げられない。
私は、もう──“女”として生きるしか、道がないのかもしれない。
──そんな気がして、眠れなかった。
卒業妊娠計画 −子宮に刻まれた証明−
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選ばれる──その言葉が、こんなにも気持ち悪い響きだったなんて、思いもしなかった。
翌週、大学の「妊娠支援センター」から通知が届いた。
『適応対象者に対し、交配パートナー候補を提示いたします。選定は面談形式で行われ、3名の候補者が用意されます。』
まるで就活の面接か、婚活のマッチングイベント。
でも違う。これは、“誰に膣を使わせるか”を選ぶ面談だった。
個室に通され、最初の男性が現れた瞬間──息が詰まった。
「……久しぶり」
大学のサークルで一度だけ飲んだ、先輩。
酔った勢いでキスされて、私は逃げた。
それ以来、避けてきた人だった。
「君が来るって聞いて、嬉しかった。できれば、そのまま俺の子……って、思ってる」
淡々と、でも真剣な目で言われた。
私は頷けなかった。心が乾いていくのを感じた。
二人目は、ゼミで隣の席に座っている男子。
何度か他愛ない会話をした程度。でも──
「好きだった。最初から。
……“義務”じゃなく、“一緒に産みたい”って思ってる」
彼の手が震えていた。
思わず、私の手も震えた。
“産みたい”なんて、そんな直接的な言葉、初めて言われた。
最後の三人目は──
まさかの、大学院生であり、学生相談室の非常勤スタッフ。
年上で、落ち着いていて、正直なところ、私はその人にちょっとだけ憧れていた。
「選んでくれたら嬉しいけど、強制はしないよ。
でも、君の身体を、大切に扱う自信はある。
一度、話だけでも……触れてみてもいい?」
声が深くて、優しくて、ズルかった。
私は、誰かを選ばなければいけなかった。
妊娠を、“実行”に移すために。
胸が痛かった。
でもその痛みは、もしかしたら──“選ばれた”痛みじゃなくて、“選ぶ”側の罪悪感だったのかもしれない。
私は女として、今──
誰かに、私の奥を託す選択をしようとしていた。
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──この身体に、誰かが入ってくる。
そんな当たり前のことが、こんなにも震えを生むなんて思わなかった。
私は、二人目に面談した彼を選んだ。
好きだと言ってくれた。
“義務じゃなくて、望んでる”と──そう言ってくれたから。
交配支援センターには、専用の「サポートルーム」がある。
避妊具は置かれていない。
シートは消毒済みで、カーテンの向こうには妊娠確認用の簡易検査機器もあった。
まるで“妊娠するための部屋”。
「……緊張してる?」と、彼が言った。
「うん……すごく」
私が答えると、彼は笑った。優しい目だった。
そのまま、私の手を取って、ゆっくり唇を重ねてきた。
キスなんて、何度かしたことがある。
でも、この時のキスは──“中に入ってくる”予感がして、全身がざわついた。
スカートを捲り、パンツを脱いだ。
彼の指が触れるたび、私の身体は反応していた。
「準備できてるね……」と言われたとき、すでに私は濡れていた。
脚を開いて、腰を浮かせる。
指じゃない、“彼のもの”が、そっと入口に触れる。
「……入れるね」
「……うん」
その瞬間、深呼吸した。
ぬるりと、熱く、奥へ。
異物感と快感が同時に来て、思わず声が漏れた。
「あっ……んっ……」
彼が動くたびに、私の中は震えた。
恥ずかしいくらい、音が鳴る。
快感に抗えなくなって、私は彼の肩に爪を立てた。
「イキそう……」と呟く彼の声に、私の奥がキュッと締まった。
そして、彼が果てた瞬間、熱いものが一気に流れ込んできた。
私の身体は、それを受け入れていた。
無意識に、奥へ奥へと──“授かること”を選ぼうとしていた。
終わったあと、涙が出た。
痛みじゃない、悲しみでもない。
何かが、“ひとつ終わって、ひとつ始まった”気がして。
私は、もう戻れない。
女として、生きていく選択を──この身体で、してしまった。
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「……陰性、ですね」
その言葉を聞いた瞬間、心の奥が冷たくなった。
あれから一週間。
身体の変化に敏感になりすぎて、少しの腹部の張りにも期待してしまっていた。
でも、検査結果は“白”。
妊娠していなかった。
「まだチャンスはありますよ」
支援センターのスタッフは、穏やかにそう言ってくれた。
「次の排卵周期に合わせて、再交配申請が可能です。
また、センター提携の“交配支援者”とのマッチングも、ご検討いただけます」
──交配支援者。
それは、妊娠率を高めるために国が訓練・認定したパートナー。
技術と経験、妊娠実績を持つ、いわば“妊娠のプロ”。
誰でもいいわけじゃない。
でも、私は“誰か”にならなければ、未来に行けない。
「ご希望でしたら、相談員とのプレ面談をセッティングいたしますよ」
私は、無言で頷いた。
その夜、自室で泣いた。
身体は満たされたはずなのに、心が空っぽだった。
私の中には、何も残っていなかった。
彼の精液も、愛も、未来も──何も。
でも、諦めたくなかった。
誰かに強制されたんじゃない。
私は、妊娠して“卒業”したいと思っていた。
それは“解放”じゃなく、“証明”だった。
私は女だ。
私の身体は、生む力を持っている。
それを、この社会に突きつけたい。
──だから、もう一度試す。
次は、成功させる。
誰の命でもいいわけじゃない。
でも“誰か”の命を、この子宮で迎え入れる準備は、できている。
私の中で、何かが変わり始めていた。
拒んでいたはずの“制度”が、私自身の願いになっていたのかもしれない。
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──陽性反応。
検査キットに、はっきりと2本の線が浮かんでいた。
それを見た瞬間、私はしばらく動けなかった。
身体の震えが止まらなくて、
呼吸の仕方すら忘れてしまったようだった。
「……うそ、でしょ……?」
思わず呟いたその声が、どこか他人事のように響いた。
でも、現実だった。
私の中に、“誰か”が宿っている。
あの日、交配支援者と“サポートルーム”で交わった、あの時間の証。
優しくて、経験に満ちた動きで、
まるで私の身体を“生むための器”として慈しむようなセックスだった。
性感というより、儀式に近かった。
でも、私は確かにその時間を受け入れた。
身体だけじゃなく、心の奥まで。
「おめでとうございます」
支援センターの看護師が、微笑みながら言った。
私は、ぼんやりと頷いていた。
喜んでいるのか、怖いのか、もうわからなかった。
ただ──
涙が、勝手にこぼれていた。
頬を伝い、制服のリボンにぽたぽたと落ちる雫。
それが止まらなくて、私は口元を押さえた。
泣く理由なんて、いくつもあった。
妊娠できた安堵。
自分の身体が“女”として認められた感覚。
それでも「本当にこれで良かったの?」という葛藤。
でも──その全部が混ざって、
私は、心から「生きてる」と思った。
お腹の中に、まだ小さな命がいる。
見えないし、感じないけど、確かに“いる”。
私の未来は、もう“私だけのもの”じゃない。
この身体の奥に、誰かの人生が始まっている。
それは、誇らしくて、怖くて、泣きたくなるほど美しかった。
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その日、私は制服の上から、そっとお腹を撫でていた。
もうすぐ、卒業式。
妊娠証明書と卒業証書を同時に受け取る、今の制度では当たり前の風景。
でも、私にとっては一生忘れられない瞬間になる。
周りの子たちも、みんなお腹に命を宿していた。
お腹の大きさも、気持ちの重さも、それぞれ違う。
だけど──誰もがこの数ヶ月、“生きる”ことと、“産む”ことを重ねてきた。
「……おめでとう。よく頑張ったね」
壇上で学長が言った。
その声に、私は無意識に涙をこぼした。
頑張った。
本当に、頑張ったと思う。
最初は反発ばかりで、こんな制度、おかしいと叫びたかった。
でも今、私の中には、
確かに“これから”が宿ってる。
紙に書かれた卒業証書と、
デジタル印字された妊娠証明書。
形式的だけど、確かに“社会に認められた証”だった。
でも──
私は、証明のために妊娠したんじゃない。
「妊娠が卒業条件」だったとしても、
私は、自分の意思で、この命を受け入れた。
だから、これからが本当の“スタート”。
「ねえ、あなた──聞こえる?」
式が終わったあと、夕方の校庭でひとり。
私は、お腹にそっと話しかけた。
「あなたと一緒に、この世界を歩いていくね」
風が春の匂いを運んできた。
やっと、“私の季節”が始まった気がした。
──出産当日。
陣痛は、夜明け前にやってきた。
最初は、生理痛に似た鈍い痛みだった。
でも徐々に、それは波のように襲ってきて、
気づけば私は、ベッドの手すりを握りしめて、必死に呼吸していた。
「ひとつ吸って、ふたつ吐いて──そう、うまいよ」
助産師さんの声が、遠くで響く。
世界がぼやけて、汗が滲み、意識が途切れそうになる。
でも、お腹の奥にいる“あなた”が、必死に動いているのがわかる。
この子も、頑張ってる──
なら、私も。
「もうすぐ、頭が出てくるよ!」
破水の音がした瞬間、
私は自分の身体じゃない何かに突き動かされるように、
腹の底から力を込めた。
「ん……あああっ……っ!!」
裂けるような痛みと共に、
何かが──スルッと抜けていった。
泣き声が、部屋に響いた。
世界が、一気に明るくなった気がした。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
赤くて、しわくちゃで、
まだ目も開いてない小さな命を、胸に抱かれた。
……震えてたのは、私の腕だった。
涙が、止まらなかった。
「あなた、ここに来てくれたんだね……ありがとう……ありがとう……!」
産んだ実感と、命の重さが、
胸の奥でぶつかり合って、
私の心を溢れさせていった。
あの時、私は確かに“母になった”。
証明じゃない。
義務じゃない。
制度のためでもない。
──これは、私自身の“生まれなおし”だったのかもしれない。
私があなたを産んだ日。
私は、もう一度、自分の命を産み直したんだと思う。
ありがとう、私の子。
そして──私の未来。
