風俗の「私」と、変わらない「日常」

私は、最初からこの世界にいたわけじゃない。
「セックスで、お金をもらう」――それはずっと他人事だった。
でも、自分の身体で、“知らない男の人”と交わるたび、だんだん、現実の輪郭が変わっていった。

今日のお客さんは、三十代後半くらいの、どこにでもいそうな会社員。
名刺もいらない。私は、「女」として、“仕事”を始める。

指名が入ると、店から電話が鳴る。
待機室の空気、緊張と汗の匂い、膝の裏にまとわりつく自分の体温。
服を脱いで、下着一枚だけになって、ベッドに座る。
この一瞬が、一番、脈拍が上がる。
「どんな人だろう」「ちゃんとできるかな」「失敗しないかな」

ドアが開いて、彼が入ってくる。
目が合った瞬間、私は“女”になる。

「お願いします」
「よろしくお願いします」

そう言いながら、私は相手の目の奥に、どんな欲望が隠れているのか、全身で嗅ぎ取ろうとしていた。
でも、内心はもう、“何度目かの発情”みたいに、濡れているのがわかる。
お金と快感が、身体の奥で溶けていく。

彼の手が、私の太ももに触れる。
爪が短い。指先が乾いている。
それだけで、「今日はどんなセックスになるか」が、だいたい分かる。

私は、自分のパンツをゆっくり下ろした。
下着に湿った染みができているのが、彼にも見えてしまった。
「ごめんね、最初から濡れてた」
そう言うと、彼が少し微笑む。

「君は、本当に、気持ちよさそうにするね」
「…こっちまで、興奮する」

その一言が、体の芯まで染みてきた。
私は――私のままで、快感を売る女。
でも、今だけは、「女の子」として、抱かれてもいいと思えた。

彼のペニスが、私の口に触れる。
皮膚の熱さ、重さ、匂い。
唾液が絡むたび、ペニスの裏筋がピクッと跳ねる。

私の口は、もう仕事道具だ。
でも、今日は、なぜか、それ以上に感じる。
「これで、また、ひとつ“売れる”」
そんな風に、頭の片隅で、計算している自分がいる。

だけど――私は、
「彼を人間として、満たしてあげたい」
そう思ってしまった。
彼の腰が前に動くたびに、私は息が苦しくなり、
喉の奥までペニスが入ってきて、涙が滲む。

「大丈夫? 無理しないでね」

彼の言葉が、妙に優しくて、
私は、ますます喉を鳴らしてしまう。

彼がコンドームを取り出し、袋を破る音が部屋に響く。
ゴムの匂いが鼻に刺さる。
「入れるよ」
短い言葉で、現実に引き戻される。

私は、足を開いた。
指で自分の膣を確認する。
「……濡れてる」
自分でも驚くほど、ぐしょぐしょだ。

ゴムをつけた彼のペニスが、私の中にゆっくりと入ってくる。
ぬるっとした感覚、ゴム越しのざらざらした刺激。
“直接じゃない”のに、奥がきゅうっと収縮する。
私は、天井を見つめたまま、
「来てる……ちゃんと、仕事してる」
そう呟く。

彼の腰が、最初はゆっくり、
だんだん強く、私の中を突いてくる。
ベッドが軋む音、私の体液がゴムの中で泡立つ音、
汗と体臭が混ざって、空気が熱い。

私は、自分の胸を押さえながら、
「もっと……奥、突いて」
と、自然に声が漏れる。

お金と快感。
愛はない。
でも、この瞬間、私は
“生きてる実感”と、“誰かと繋がる温度”を感じていた。

終わった後、私は自分の太ももを見下ろした。
ゴムの先に、白い液体が溜まっているのが透けて見える。
「お疲れさま」
彼がそう言って、私の頭を撫でる。

私は、その手を掴んで、
「また来てくれる?」
と、聞いてしまった。

「うん、君に会いに来るよ」

心がふわっと緩んだ。
私は、また、ここにいる意味を見つけた気がした。