彼女の名前は沙織(さおり)。
夫は多忙で帰宅は遅く、子どもはまだ幼稚園。
平日の午後は、自分ひとりの、静かな時間だった。
最近、沙織にはひとつの“楽しみ”ができていた。
それは、台所で——
買い物袋からそっと取り出した、とある果物を見つめること。
「今日も、熟れてる……」
艶やかなバナナ。
なめらかで、自然なカーブ。
皮を少し剥いた瞬間に立ちのぼる、甘く濃厚な香り。
「……こんなに……やらしく見えるなんて」
沙織はひとりでそう呟くと、テーブルについた。
バナナの先端を指先でなぞり、そっと唇に近づける。
「……ん……」
舌先でぬるりと触れた瞬間、頭の奥に甘い衝撃が走った。
バナナの柔らかさと、熟れた香りが、まるで〇〇〇をくすぐるように全身を熱くする。
——食べてるだけなのに。
でも、彼女の吐息は知らずうちに深くなっていく。
別の日。
沙織は冷蔵庫を開けて、冷えたプリンを取り出した。
スプーンを差し込むと、とろりと崩れる感触。
それを口に運ぶと、冷たく滑らかな甘みが、舌の奥を撫でていく。
「……っ、あ……」
その感覚に、思わず声が漏れた。
唇の端にこぼれたクリームを、指でそっと拭いながら舐めとる。
——まるで、誰かに、〇〇〇を……
妄想がふくらむ。
それだけで、身体の芯が熱くなっていく。
ある日、思い切って、キッチンにあったきゅうりを手に取った。
青々とした匂い。表面は少しザラついていて、冷たかった。
「……ちょっとだけ……試してみようかな」
台所の椅子に腰かけ、スカートの奥でそっと試す。
下着の上から、きゅうりを押し当てる。
「……んっ……冷た……っ」
刺激というより、想像のほうが遥かに強烈だった。
自分が今何をしているのか、考えるだけで、〇〇〇が疼いてしまう。
その日から、沙織の冷蔵庫には、明らかに“形を選んだ”野菜や果物が並ぶようになった。
バナナ、きゅうり、なす、時にはホイップクリームやメロン、さらには……チョコレートソース。
甘くて、冷たくて、滑らかで、形がいやらしい。
それらはもう「食べ物」ではなかった。
沙織にとっては、ひとりの時間にふれる「秘密の恋人」だった。
「……ふふ……次は、何にしようかな」
今日も彼女は冷蔵庫の前で、静かに微笑む。
今回は、ハチミツとゼリーという、質感のまったく異なる二つの食べ物を使ってみます。
その日、沙織は近所の輸入食品店で、小さな瓶詰めのハチミツを見つけた。
「オーガニック」「濃厚な香り」——そんな文字が並んだラベル。
でも沙織が惹かれたのは、透明なガラス越しに見えた、とろみのある黄金色だった。
家に帰り、着替えもせず、ハチミツの瓶をそっと開ける。
スプーンですくって、ゆっくりと垂らしてみる。
「……ふふ……ねっとりしてる……」
ぽた、ぽた、と垂れ落ちる黄金のしずく。
指ですくって舐めてみると、想像以上に濃厚で、舌に絡みつくような甘さ。
——これ、もしも、〇〇〇に垂らしたら……?
そんな想像が、背筋にゾクリと走る。
そのまま、台所の椅子に腰かけると、スカートの中に手を伸ばした。
そっと、指先にハチミツをつけて、太ももに触れる。
「……っ、ぬる……ぁ……」
甘さとぬめりが、肌にまとわりつく。
滑らかで、それでいて重い。ゆっくりと肌を伝って〇〇〇のほうへ……。
思わず、吐息がこぼれる。
「……やばい、これ……」
目を閉じ、ハチミツの香りに包まれながら、指を這わせていく。
気がつけば、息は浅く、足の先まで熱がこもっていた。
そして別の日。
彼女は冷蔵庫のゼリーを取り出した。
子どものおやつ用に買っていた桃のゼリー。透明なカップの中に、つるんと揺れる果肉。
「……冷たくて、柔らかい……」
スプーンで軽くすくうと、プルンと弾ける。
それを、直接指ですくって、試してみた。
——冷たい……でも、やらしい……
スカートの中で、指先がゼリーを運ぶたびに、〇〇〇が冷たさに震える。
その感覚が新鮮で、思わず背中が反る。
「……っは……ぁ……」
冷たさと、柔らかさと、刺激と……
全てが混ざって、頭の中が真っ白になっていく。
最近の沙織は、もう“普通に食べる”だけでは満足できなかった。
ハチミツ、ゼリー、ホイップ、アイスクリーム——
それぞれに違う感触、違う味、違う淫らさ。
まるで、食べ物と恋をしているみたいだった。
「ねぇ……今日は、どれを“いただこう”かしら」
台所の明かりの下で、沙織は妖艶に微笑んだ。
その日、沙織は少し大胆になっていた。
昼下がり、子どもは園に、夫は出社。
窓から差し込む光と、静かな台所。
「今日は……ホイップにしようかな」
冷蔵庫から取り出した生クリームを、指先でぬるりとすくう。
ふわふわの白い塊が、ほんのり冷たい。
スカートの奥――
それはもう「クセ」になっていた。
「……んっ……だめ、今日は……多めに……」
吐息と、体温と、甘い香り。
クリームの感触が、肌に、〇〇〇に、なめらかに広がっていく。
誰にも見られない、秘密のひととき。
まるでホイップを塗り重ねるたびに、体の奥がほどけていくようだった。
そして、余ったホイップを小皿にそっと残して冷蔵庫へ戻す。
「……ふふ。どうせ使いきれないし……もったいないから、ね」
その夜。
食後、ソファでテレビを見ていた夫が、ふいに立ち上がる。
「そういえばさ、冷蔵庫にあったホイップ、使ってもいい?」
その言葉に、沙織の動きが止まった。
「えっ……ホイップ?」
「うん。ほら、あれ。ちょっと甘いものほしくてさ。パンにつけて食べようかなって」
「……あ、う、うん……いいよ……」
笑顔を保ちながらも、沙織の心臓は跳ね上がる。
——まさか……
それ……私が、あの時に……。
キッチンへ向かう夫の背中を、凍ったように見送る。
やがて、食パンにふわりと乗せられた白いクリームを、一口、夫が口に運ぶ。
「……うん、ちょっと柔らかいけど……甘くてうまいな、これ」
「……そ、そう……よかった……」
喉が、詰まりそうだった。
口に入るたび、あの午後の自分の吐息が蘇る。
その唇が、いま自分の“余韻”を――
沙織の頬がほんのり赤く染まる。
「……おかわりしていい?」
「……うん。好きなだけ、どうぞ」
夫が無邪気にクリームをすくうたび、
沙織はひとり、熱くなった太ももを静かに閉じた。
「ねぇ……また作ってくれる?」
「……うん。明日も、たっぷり……用意しておくね」
その言葉に含まれる“意味”を、彼は知らない。
けれど沙織だけは、舌の奥に、あの甘さを、はっきりと感じていた。
翌日。
夜の食卓には、沙織の手作りスイーツが並んでいた。
ホイップクリームを添えたミルクプリン。
夫はスプーンを片手に、少しだけ沙織を見つめる。
「……昨日の、クリーム。やっぱり、なんか……ちょっと変わってたよな」
その一言に、沙織の手がピクリと止まる。
「……え? な、何が……?」
「いや、味。悪い意味じゃないよ? なんていうか……」
夫は目を細める。
まるで探るような視線。
沙織の胸の奥に、熱がじわじわと立ちのぼっていく。
「すごく、濃かった。甘くて、なんか……生っぽかった」
「……っ、それ……気のせいじゃない?」
笑ってごまかす。けれど、指先が微かに震えていた。
すると、夫がスプーンを口から外し、沙織のほうへ体を向けた。
「ねぇ、沙織……。あれ、ほんとは“どうやって”作ったの?」
その声色が変わっていた。
いつもの優しげな夫ではない。
どこか低く、少しだけ――挑発的だった。
「……知らないほうが、よかったかもよ……?」
沙織も、目をそらさずにそう返す。
沈黙。
ふたりの間に、甘く熱い気配が流れた。
やがて夫が椅子から立ち上がり、キッチンへ歩いていく。
冷蔵庫から、昨日のホイップの小瓶を取り出し、それを指にすくう。
「じゃあ……これ、もう一回“味見”してもいい?」
そう言って、沙織の口元にそっと指を近づけた。
甘くて、柔らかい香り。
その指先を、沙織はゆっくりと唇でくわえる。
「……ぁ……っ」
一瞬だけ目を閉じる。
舌先で、指をなぞるように舐めとると、夫の喉がごくりと鳴った。
「……全部、知ってた?」
「うん。昨日の夜、ちょっと……ね。キッチンのゴミ箱、見えちゃって」
「……バレてたんだ」
「うん。でも……それ見て、変な気分になった。沙織が、そんな顔してたのかなって」
夫の声は低く、少し掠れていた。
もう、抑えようとしていない。
「……ねぇ……続き、しようか」
「……どんな風に?」
「たとえば……今度は、俺が……“かけて”あげる」
沙織の身体がピクリと反応する。
そのまま、夫が冷蔵庫から取り出したホイップを持って近づいてくる。
「沙織が、どこに塗ったのか……俺の手で、確かめさせてよ」
息が重なり合う。
目と目が絡む。
冷たいはずのクリームが、ふたりの間で、熱を孕んでいく。
それは“秘密”ではなくなった。
ふたりで溶けあう、甘くて熱いプレイのはじまりだった。
それからというもの――
沙織と夫の夜は、少しずつ変わっていった。
いつも通りの夕飯、いつも通りの会話。
でも、ふとした瞬間に交わす目と目の奥には、
以前にはなかった“とろけるような余韻”が潜んでいた。
冷蔵庫には、相変わらずホイップや果物が並ぶ。
でもそれらはもう、ただの食材ではない。
ふたりの“秘密の調味料”。
ある晩、夫がそっと囁いた。
「……今日は、何の味にしようか」
沙織は微笑む。
「甘いやつ。……でも、ちょっとだけ苦くてもいいかな」
その言葉の裏にある意味を、夫はちゃんと理解していた。
寝室には小さなトレイが置かれていた。
その上には、さくらんぼのコンポート、ビターなチョコソース、
そして――ふたりが最初に交わった、あのホイップクリーム。
柔らかい明かりの中で、服を一枚ずつ脱がせ合うたび、
触れ合う肌が、甘く震えた。
吐息と吐息が絡み、指と舌が旅をする。
とろけるような感触、滴るような声。
そして何より、ふたりの間に流れる信頼と開放の温度が、
どんな食材よりも濃密だった。
「ねぇ……覚えてる? 最初、あなたに気づかれたとき」
「うん。あれはもう、忘れられない味だよ」
ふたりは笑った。
けれど、熱を帯びた視線は交差したまま。
重なる体温の中で、夫が沙織の耳元に囁く。
「もう誰にも渡せない。
この味も、吐息も、声も……全部、俺だけのものにしたい」
沙織は、そっと夫の手を握る。
「……いいよ。
これからも毎晩、あなたのために“仕込んで”おくから」
静かに、深く、濃く――
ふたりは夜に溶けていった。
甘い秘密は、もう秘密ではない。
それは、夫婦だけが知る、特別なレシピになったのだった。
冷蔵庫の中。
ホイップの横に、小さく手書きのラベルが貼られた瓶が並んでいる。
「Tonight’s Flavor:You」
その味は、きっと永遠に、ふたりの舌に残り続ける。彼女の名前は沙織(さおり)。
夫は多忙で帰宅は遅く、子どもはまだ幼稚園。
平日の午後は、自分ひとりの、静かな時間だった。
最近、沙織にはひとつの“楽しみ”ができていた。
それは、台所で——
買い物袋からそっと取り出した、とある果物を見つめること。
「今日も、熟れてる……」
艶やかなバナナ。
なめらかで、自然なカーブ。
皮を少し剥いた瞬間に立ちのぼる、甘く濃厚な香り。
「……こんなに……やらしく見えるなんて」
沙織はひとりでそう呟くと、テーブルについた。
バナナの先端を指先でなぞり、そっと唇に近づける。
「……ん……」
舌先でぬるりと触れた瞬間、頭の奥に甘い衝撃が走った。
バナナの柔らかさと、熟れた香りが、まるで〇〇〇をくすぐるように全身を熱くする。
——食べてるだけなのに。
でも、彼女の吐息は知らずうちに深くなっていく。
別の日。
沙織は冷蔵庫を開けて、冷えたプリンを取り出した。
スプーンを差し込むと、とろりと崩れる感触。
それを口に運ぶと、冷たく滑らかな甘みが、舌の奥を撫でていく。
「……っ、あ……」
その感覚に、思わず声が漏れた。
唇の端にこぼれたクリームを、指でそっと拭いながら舐めとる。
——まるで、誰かに、〇〇〇を……
妄想がふくらむ。
それだけで、身体の芯が熱くなっていく。
ある日、思い切って、キッチンにあったきゅうりを手に取った。
青々とした匂い。表面は少しザラついていて、冷たかった。
「……ちょっとだけ……試してみようかな」
台所の椅子に腰かけ、スカートの奥でそっと試す。
下着の上から、きゅうりを押し当てる。
「……んっ……冷た……っ」
刺激というより、想像のほうが遥かに強烈だった。
自分が今何をしているのか、考えるだけで、〇〇〇が疼いてしまう。
その日から、沙織の冷蔵庫には、明らかに“形を選んだ”野菜や果物が並ぶようになった。
バナナ、きゅうり、なす、時にはホイップクリームやメロン、さらには……チョコレートソース。
甘くて、冷たくて、滑らかで、形がいやらしい。
それらはもう「食べ物」ではなかった。
沙織にとっては、ひとりの時間にふれる「秘密の恋人」だった。
「……ふふ……次は、何にしようかな」
今日も彼女は冷蔵庫の前で、静かに微笑む。
今回は、ハチミツとゼリーという、質感のまったく異なる二つの食べ物を使ってみます。
その日、沙織は近所の輸入食品店で、小さな瓶詰めのハチミツを見つけた。
「オーガニック」「濃厚な香り」——そんな文字が並んだラベル。
でも沙織が惹かれたのは、透明なガラス越しに見えた、とろみのある黄金色だった。
家に帰り、着替えもせず、ハチミツの瓶をそっと開ける。
スプーンですくって、ゆっくりと垂らしてみる。
「……ふふ……ねっとりしてる……」
ぽた、ぽた、と垂れ落ちる黄金のしずく。
指ですくって舐めてみると、想像以上に濃厚で、舌に絡みつくような甘さ。
——これ、もしも、〇〇〇に垂らしたら……?
そんな想像が、背筋にゾクリと走る。
そのまま、台所の椅子に腰かけると、スカートの中に手を伸ばした。
そっと、指先にハチミツをつけて、太ももに触れる。
「……っ、ぬる……ぁ……」
甘さとぬめりが、肌にまとわりつく。
滑らかで、それでいて重い。ゆっくりと肌を伝って〇〇〇のほうへ……。
思わず、吐息がこぼれる。
「……やばい、これ……」
目を閉じ、ハチミツの香りに包まれながら、指を這わせていく。
気がつけば、息は浅く、足の先まで熱がこもっていた。
そして別の日。
彼女は冷蔵庫のゼリーを取り出した。
子どものおやつ用に買っていた桃のゼリー。透明なカップの中に、つるんと揺れる果肉。
「……冷たくて、柔らかい……」
スプーンで軽くすくうと、プルンと弾ける。
それを、直接指ですくって、試してみた。
——冷たい……でも、やらしい……
スカートの中で、指先がゼリーを運ぶたびに、〇〇〇が冷たさに震える。
その感覚が新鮮で、思わず背中が反る。
「……っは……ぁ……」
冷たさと、柔らかさと、刺激と……
全てが混ざって、頭の中が真っ白になっていく。
最近の沙織は、もう“普通に食べる”だけでは満足できなかった。
ハチミツ、ゼリー、ホイップ、アイスクリーム——
それぞれに違う感触、違う味、違う淫らさ。
まるで、食べ物と恋をしているみたいだった。
「ねぇ……今日は、どれを“いただこう”かしら」
台所の明かりの下で、沙織は妖艶に微笑んだ。
その日、沙織は少し大胆になっていた。
昼下がり、子どもは園に、夫は出社。
窓から差し込む光と、静かな台所。
「今日は……ホイップにしようかな」
冷蔵庫から取り出した生クリームを、指先でぬるりとすくう。
ふわふわの白い塊が、ほんのり冷たい。
スカートの奥――
それはもう「クセ」になっていた。
「……んっ……だめ、今日は……多めに……」
吐息と、体温と、甘い香り。
クリームの感触が、肌に、〇〇〇に、なめらかに広がっていく。
誰にも見られない、秘密のひととき。
まるでホイップを塗り重ねるたびに、体の奥がほどけていくようだった。
そして、余ったホイップを小皿にそっと残して冷蔵庫へ戻す。
「……ふふ。どうせ使いきれないし……もったいないから、ね」
その夜。
食後、ソファでテレビを見ていた夫が、ふいに立ち上がる。
「そういえばさ、冷蔵庫にあったホイップ、使ってもいい?」
その言葉に、沙織の動きが止まった。
「えっ……ホイップ?」
「うん。ほら、あれ。ちょっと甘いものほしくてさ。パンにつけて食べようかなって」
「……あ、う、うん……いいよ……」
笑顔を保ちながらも、沙織の心臓は跳ね上がる。
——まさか……
それ……私が、あの時に……。
キッチンへ向かう夫の背中を、凍ったように見送る。
やがて、食パンにふわりと乗せられた白いクリームを、一口、夫が口に運ぶ。
「……うん、ちょっと柔らかいけど……甘くてうまいな、これ」
「……そ、そう……よかった……」
喉が、詰まりそうだった。
口に入るたび、あの午後の自分の吐息が蘇る。
その唇が、いま自分の“余韻”を――
沙織の頬がほんのり赤く染まる。
「……おかわりしていい?」
「……うん。好きなだけ、どうぞ」
夫が無邪気にクリームをすくうたび、
沙織はひとり、熱くなった太ももを静かに閉じた。
「ねぇ……また作ってくれる?」
「……うん。明日も、たっぷり……用意しておくね」
その言葉に含まれる“意味”を、彼は知らない。
けれど沙織だけは、舌の奥に、あの甘さを、はっきりと感じていた。
翌日。
夜の食卓には、沙織の手作りスイーツが並んでいた。
ホイップクリームを添えたミルクプリン。
夫はスプーンを片手に、少しだけ沙織を見つめる。
「……昨日の、クリーム。やっぱり、なんか……ちょっと変わってたよな」
その一言に、沙織の手がピクリと止まる。
「……え? な、何が……?」
「いや、味。悪い意味じゃないよ? なんていうか……」
夫は目を細める。
まるで探るような視線。
沙織の胸の奥に、熱がじわじわと立ちのぼっていく。
「すごく、濃かった。甘くて、なんか……生っぽかった」
「……っ、それ……気のせいじゃない?」
笑ってごまかす。けれど、指先が微かに震えていた。
すると、夫がスプーンを口から外し、沙織のほうへ体を向けた。
「ねぇ、沙織……。あれ、ほんとは“どうやって”作ったの?」
その声色が変わっていた。
いつもの優しげな夫ではない。
どこか低く、少しだけ――挑発的だった。
「……知らないほうが、よかったかもよ……?」
沙織も、目をそらさずにそう返す。
沈黙。
ふたりの間に、甘く熱い気配が流れた。
やがて夫が椅子から立ち上がり、キッチンへ歩いていく。
冷蔵庫から、昨日のホイップの小瓶を取り出し、それを指にすくう。
「じゃあ……これ、もう一回“味見”してもいい?」
そう言って、沙織の口元にそっと指を近づけた。
甘くて、柔らかい香り。
その指先を、沙織はゆっくりと唇でくわえる。
「……ぁ……っ」
一瞬だけ目を閉じる。
舌先で、指をなぞるように舐めとると、夫の喉がごくりと鳴った。
「……全部、知ってた?」
「うん。昨日の夜、ちょっと……ね。キッチンのゴミ箱、見えちゃって」
「……バレてたんだ」
「うん。でも……それ見て、変な気分になった。沙織が、そんな顔してたのかなって」
夫の声は低く、少し掠れていた。
もう、抑えようとしていない。
「……ねぇ……続き、しようか」
「……どんな風に?」
「たとえば……今度は、俺が……“かけて”あげる」
沙織の身体がピクリと反応する。
そのまま、夫が冷蔵庫から取り出したホイップを持って近づいてくる。
「沙織が、どこに塗ったのか……俺の手で、確かめさせてよ」
息が重なり合う。
目と目が絡む。
冷たいはずのクリームが、ふたりの間で、熱を孕んでいく。
それは“秘密”ではなくなった。
ふたりで溶けあう、甘くて熱いプレイのはじまりだった。
それからというもの――
沙織と夫の夜は、少しずつ変わっていった。
いつも通りの夕飯、いつも通りの会話。
でも、ふとした瞬間に交わす目と目の奥には、
以前にはなかった“とろけるような余韻”が潜んでいた。
冷蔵庫には、相変わらずホイップや果物が並ぶ。
でもそれらはもう、ただの食材ではない。
ふたりの“秘密の調味料”。
ある晩、夫がそっと囁いた。
「……今日は、何の味にしようか」
沙織は微笑む。
「甘いやつ。……でも、ちょっとだけ苦くてもいいかな」
その言葉の裏にある意味を、夫はちゃんと理解していた。
寝室には小さなトレイが置かれていた。
その上には、さくらんぼのコンポート、ビターなチョコソース、
そして――ふたりが最初に交わった、あのホイップクリーム。
柔らかい明かりの中で、服を一枚ずつ脱がせ合うたび、
触れ合う肌が、甘く震えた。
吐息と吐息が絡み、指と舌が旅をする。
とろけるような感触、滴るような声。
そして何より、ふたりの間に流れる信頼と開放の温度が、
どんな食材よりも濃密だった。
「ねぇ……覚えてる? 最初、あなたに気づかれたとき」
「うん。あれはもう、忘れられない味だよ」
ふたりは笑った。
けれど、熱を帯びた視線は交差したまま。
重なる体温の中で、夫が沙織の耳元に囁く。
「もう誰にも渡せない。
この味も、吐息も、声も……全部、俺だけのものにしたい」
沙織は、そっと夫の手を握る。
「……いいよ。
これからも毎晩、あなたのために“仕込んで”おくから」
静かに、深く、濃く――
ふたりは夜に溶けていった。
甘い秘密は、もう秘密ではない。
それは、夫婦だけが知る、特別なレシピになったのだった。
冷蔵庫の中。
ホイップの横に、小さく手書きのラベルが貼られた瓶が並んでいる。
「Tonight’s Flavor:You」
その味は、きっと永遠に、ふたりの舌に残り続ける。