熟女と妄想と道具

時計の針が静かに進むだけの午後。
結子(ゆうこ)はひとり、薄暗くした寝室に腰を下ろしていた。

家族が出かけ、ようやく訪れた静寂。
この時間を、彼女は心の奥で、ずっと“待っていた”。

「……ん……っ……」

少しだけ首を傾け、うなじに髪が触れる。
吐息はまだ浅く、それでいて熱を孕んでいた。

右手に持った、小さな“バイブ”――
そのかすかな振動が、掌を伝って身体へと染み込んでくる。

「……ふ、ぁ……っ……」

その音は耳に届かないほどに静か。
けれど結子の身体は、まるで呼吸を始めたかのように震えはじめていた。

まぶたを閉じれば、妄想の幕が開く。

――誰かが背後から、そっと身体を包んでくれる。
――耳元で、「きれいだよ」って囁く低い声。

「……そんなこと……言われたの、いつぶり……?」

ぽつりと呟いたその声さえ、自分のものではないように甘く、切なかった。

布団の上、太ももをゆっくりと開く。
指先が、そっとあそこへ滑り込む。

「……ぁ、ん……っ」

振動が、ゆっくりと深く、芯を揺らす。
そのたびに喉の奥から漏れる吐息が、部屋の空気を溶かしていく。

「やだ……また……感じちゃ……」

誰も見ていないはずなのに、声に出すことがこんなにも背徳的で、こんなにも……ゾクゾクする。

耳の奥で、誰かの囁きが重なる。

「もっと奥まで……突いてほしいんだろ?」

「……ちがっ……あぁ、っ……ん……!」

もはやそれが妄想か、現実かすら曖昧になる。
内側から震えるような快感に、膝が震え、足先まで熱が走る。

「……んっ……あぁっ……だめ、イッ……くっ……!」

小さく、でも確かに、喉の奥で短く声がはじける。
その一瞬、全身がひとつに固まり、そして――とろけるように解けていった。

静けさが、再び部屋に満ちる。

汗ばむ髪をかき上げながら、結子は小さく笑った。

「……ひとりなのに、こんなに……」

そして、そっと呟く。

「……また、夜まで……待てないかもね」

そう言って、道具に手を伸ばした。
まだ、余韻が唇に残っている。
あの吐息と声の奥に、まだ続きがある気がして――

結子は静かに部屋に立っていた。
柔らかな光が窓から差し込み、部屋の中に温かな影を作り出している。
鏡の前に立ち、目を閉じて深呼吸をひとつ。

「……今日は、誰にも見せない、私だけの時間」

そう呟き、鏡を見上げる。
そこには、普段とは少し違う自分が映っている。
薄いカーディガンに、ほんのりとした息遣いが混ざった自分の顔。

手のひらでゆっくりと頬に触れる。
唇を軽く撫でると、呼吸が少し浅くなる。
その感触が心地よくて、さらに自分の唇を滑らせた。

「……んっ、気持ちいい……」

目を閉じたまま、自分の唇の動きに集中する。
鏡の中で見える自分が、少しずつ変わっていくのを感じた。
指先が頬を撫で、ゆっくりと首筋へと移動する。

「ふぁ……んっ……」

吐息が、鏡の中の自分に反響していく。
その音に、胸が震えるような感覚を覚えながら、指先が胸元に触れた。
ほんのりと温かく、心地よい感触。

「……あぁ、どうしてこんなに感じるの?」

手がさらに胸元を滑り、カーディガンの下に触れると、柔らかな肌の温度が指先に伝わる。

鏡の中の自分を見つめながら、少しだけ首を傾ける。
自分が少しずつ変化していく様子を、声と共に感じていた。

「……あぁ、もう、我慢できない……」

喉元が熱くなる。
自分の身体に感じる小さな変化、そのすべてが鏡の中の自分に映し出される。

「……もっと……もっと見せて、私を」

鏡越しに見る自分が、少しずつ官能的に変わっていく。
その姿に、次第に心が高鳴り、耳の奥に響く声がさらに熱を帯びていく。

「……ふぁ、っ……あっ、んっ……!」

音と共に、身体がひとつになっていく。
その声は、まるで誰かに触れられているように、深く、甘く、響く。
自分を鏡の中で見るたびに、快感が波のように広がっていった。

「……あぁ……んっ……」

呼吸が荒くなる。その一瞬一瞬が、身体を熱く包み込む。
鏡の中の自分が、声に導かれるように動くたびに、思わずその響きに応えてしまう。

「もっと……見せて……この身体を」

鏡の中で映る自分の表情、唇の動き、手のひらの重さ。
すべてが彼女を誘っているようだった。

その感覚が、次第に全身を駆け巡る。
鏡の中で見つめ合っているような錯覚を覚えながら、結子はその感覚にすべてを委ねた。

結子は鏡の前に立ち、息を呑んだ。

「……んっ、ふぅ……」

軽く唇を舐めながら、自分を見つめる。
鏡の中の自分は、静かに息を吐き、次第に鼓動が高まっていく。

「ふぁ……あぁ……」

吐息が漏れるたび、身体が震える。
指先がゆっくりと頬を撫で、首筋に沿って下ろす。

「……んっ……もっと……」

その声は低く、甘く響く。
鏡の中の自分と目が合う度に、さらに深い吐息が漏れた。

「……あぁ、こんなに……感じてるのに」

自分を見つめる目が、さらに欲望をかき立てる。
手が胸元に触れ、声がまた漏れた。

「んっ……ふぁ……あぁ……」

鼓動が速くなり、声が震える。
息が浅くなるたびに、鏡の自分が揺れるように感じた。

「……だめ、もっと……」

そして、最後に小さく呟いた。

「ふぅ……あぁ……」

その声と吐息だけが、部屋の中に静かに響き渡る。
鏡の中の自分に、もう何も隠すものはなかった。