……ずっと、この部屋の匂いが嫌いだった。
お兄ちゃんの部屋。使い古された参考書の紙の匂いと、少しだけ混ざる男の子特有の、瑞々しくてどこか尖った体臭。それが、私を「妹」という安全な檻の中に閉じ込めておくための鎖みたいに感じていたから。
夏休みの終わり、低く唸るエアコンの音だけが響く午後。 二人で並んで座って、貸りたままの漫画をめくっていたけれど、文字なんて一つも頭に入ってこない。ただ、隣にあるお兄ちゃんの、半袖から覗く二の腕の、硬そうな筋肉のラインだけが網膜に焼き付いていた。
「……ねえ、お兄ちゃん」
探していた言葉は、喉の奥で一度つかえて、それから熱い塊になって滑り落ちた。
「妹のふりをするの、もう疲れたよ」
漫画をめくる手が止まる。 沈黙が、耳の奥でキーンと鳴る。 お兄ちゃんがゆっくりと私を見た。その瞳の中に、戸惑いと、それからずっと隠していたはずの、私と同じ「濁り」が見えた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
「……わかってるの? それ、どういう意味か」
お兄ちゃんの声が、いつもよりずっと低くて、少しだけ震えている。 私は答えずに、自分から彼のシャツの裾を掴んだ。指先が冷たくなって、心臓が肋骨を突き破りそうなくらい跳ねている。
「わかってるよ。……壊れてもいい。お兄ちゃんに壊されるなら、それがいい」
告白なんて綺麗なものじゃない。それは、二人で一緒に地獄に落ちようという誘い文句だった。
彼の手が、私の頬に触れた。 熱い。 火傷しそうなくらい熱い指先が、耳の裏を通って首筋になぞり降りてくる。その一撫でだけで、私の膝の力がふっと抜けて、床に崩れ落ちそうになった。
「……後悔しても、もう返さないからな」
押し倒されたカーペットの感触は、驚くほどザラついていて痛かった。 でも、その痛みが、これから起きることが現実なんだって私に教えてくれる。 Tシャツを捲り上げられ、冷たい空気が肌を叩いた直後、お兄ちゃんの唇が重なった。 お兄ちゃんの味。何度も一緒にご飯を食べて、同じ空気を吸ってきたはずなのに、今触れているのは、全く知らない「男」の味だった。
「ん……っ、ぁ……」
服を脱がされていくたびに、自分が今まで守ってきた「妹」という形が、薄い皮を剥ぐように剥がれ落ちていく。 剥き出しになった肌を、お兄ちゃんの大きな手が、壊れ物を扱うみたいに、でも執拗に、すみずみまで確認するようになぞっていく。
「……こんなに、震えてる」 「……お兄ちゃんだって、……っ、心臓、うるさいよ」
言い返した言葉は、すぐに彼の口付けに飲み込まれた。 初めて触れ合う粘膜の感触は、想像していたよりもずっと生々しくて、ぬるい。 お互いの唾液が混ざり合う音が、静かな部屋に「ピチャッ」と響くたびに、脳の端っこが痺れて、思考が真っ白に塗りつぶされていく。
お兄ちゃんの指が、私の足の間、一番見られたくない場所に触れた。 「あ、……っ!」 腰が跳ねる。 そこはもう、自分の意志とは無関係に、ぐっしょりと湿り気を帯びていた。 指が割り入るたびに、くちゅ、という湿った音がして、恥ずかしさで指先が丸まる。 お兄ちゃんも、呼吸が荒くなっているのがわかる。彼の首筋に浮き出た血管が、ドクドクと波打っているのが目に見える。
「……いい? ……入れるよ」
確認するような、懇願するような声。 私はただ、彼の背中に爪を立てて、強く頷いた。 入ってきた瞬間、体が真っ二つに裂けるような鋭い痛み。 「いた、い……っ、お兄ちゃん、……っ」 涙が溢れて、彼の肩に顔を埋めた。 でも、その痛みさえも、お兄ちゃんと「繋がっている」という圧倒的な証拠に思えて、私はもっと奥まで欲しがった。
ゆっくりと彼が動き出すと、痛みは次第に、重たい熱に変わっていった。 一突きごとに、内側の柔らかいところが、彼の形に押し広げられていく。 粘膜と粘膜が擦れ合う、逃げ場のない音。 「ぐちゅ、……ぱちゃっ」 空気が混じり、水気を帯びた音が、二人の境界線が溶けていく合図みたいに聞こえた。
もう、どっちの吐息かわからない。 どっちの汗かわからない。 ぐちゃぐちゃに混ざり合って、ただの熱い肉の塊になって、私たちは狭い部屋の中で溺れていた。
絶頂が近づくにつれて、お兄ちゃんの突きが速く、強くなる。 「……っ、〇〇(私の名前)、……っ、好きだ、ずっと、……っ」 初めて名前を呼ばれたような気がした。 お兄ちゃんという役割を捨てて、一人の男として私を呼ぶ声。 その瞬間、私の体の中で何かが弾けて、全身が激しく痙攣した。
……窓の外では、夕暮れの蝉の声が遠くで鳴っている。
終わった後の部屋は、さっきまでよりもずっと、濃い「匂い」に満ちていた。 シーツに滲んだ小さな血の跡と、白く濁った体液の匂い。 それは、もう二度と「ただの兄妹」には戻れないという、消えない刻印。
お兄ちゃんは私を抱きしめたまま、何も言わない。 私も、言葉を探すのをやめた。 ただ、首筋に残った彼の歯形が、微かな痛みと共に、この背徳的な熱が本物であることを教えてくれていた。
明日、お母さんの前でどんな顔をすればいいのか、今はまだ、考えたくない。 ただ、隣で眠る「男の人」の、静かな寝息だけを聞いていた。